2000年前半にDJ KRUSH 特有の世界感に魅了され音楽の道を志しDJを始める。 人と違ったスタイル、枠に
はまらないスタイルをテーマに自分の道を進む。
2006年、本場のblack カルチャーを自分のスキルに加えるため単身new yorkに渡る。そこで盟友 gun、 andree
に出会う。
2007年、一つのジャンルだけではこの町ではやっていけないと痛感し、いろいろなジャンルを漁りだす。
クラブ、バー、ストリートで回す。様々なミュージシャンと交流する。銃で撃たれかける。
2008年 DJ OGAWAにとって音楽人生の生命に関わる事件が発生する。音楽に聞き過ぎによる突発性難聴という
耳の病気にかかる。いろいろと考え、NEW YORK から帰国し,DJを引退する.
充電期間を獲て現在、少しずつ聞こえだしてきている右耳をたよりにトラック制作、ミックスダウン、
マスタリング、MIX CDなどの制作に全神経を集中させている。
リオディジャネイロ出身
ブラジルの裕福な家庭に生まれたアンドレーは小さなころから親の仕事の関係上、世界中を回ることが多
かった。ロンドン、パリ、モスクワ、など感性を磨かれる町に物心ついたころから住む機会があった。
小さなころはよく親の聞くジャズを中心にきれいなメロディを聞くことが多かった。そんなアンドレーが
HIPHOPと出会ったのが彼が17歳の時、旅行で訪れていた,LAだった。 金のない黒人達が日々、自分たちの
現状、はかなさ、人種差別についてフローしているのに魅了されるのであった。 帰国後すぐに行動に起こ
す。ラッパーやDJの知り合いを集めレーベルを設立し活動を開始する。 その後、がむしゃらに走り続け
ムーブメントをおこす。その後、現状に満足しないアンドレーはHIPHOPの生まれた聖地 NEW YORK ブロ
ンクスに活動の拠点を移す。現在、ミックスダウン、マスタリング、 などプロヂュースWORKを活動の中心
においている。彼の今後の活動に注目したい。














ソウル出身
2011年二月四日 信号待ちをしていた所、車の事故に遭遇し救急車でNEW YORK CITY 内の病院に搬送され、
懸命の救命治療が施されましたが、再びその心臓の鼓動を甦らせることなく、天空へと飛び立ちました。
生前、彼の音楽を支持していただいた方々には心から感謝しております。これからも彼の音楽は永遠に生き続ける
と思っております。
ここに謹んで哀悼の意を表し、故人の冥福を心からお祈りするとともに ご通知申し上げます。
DJ ogawaの魂を伝承した男。和の音、スパイラルな音、軸のブレナイ音作りに定評がある。
2006年、サバイバルと言われた new york 黒人 hiphop 界に単身乗り込む。スタジオや様々のworkをこなしながら
日の当たる所を目指しビートを作り続ける。
ルームメイトだったレコードバイヤーと共に三日間、睡眠をとらずにレコードを掘り続けることもあった。
2007年、ジャンルレスをテーマに掲げ枠にはまらないビートを作りだす。様々なミュージシャンと交流する。
銃で撃たれかける。
2008年 ILLSOにとって音楽人生の生命に関わる事件が発生する。音楽に聞き過ぎによる突発性難聴という
耳の病気にかかる。
現在、お前はDJ OGAWAじゃないのかとささやかれる中、完全に否定をし、一人のアーティストとして
存在するすべての物にILLSOと言う名のフィルターを通して音のメッセージを発信している。